菊地くんの「無駄を楽しむ」という問いに対し、 湯船につかり、目を閉じて、東京に来ての十数年の記憶を遡ってみた。
余計な時間を省く、作業の効率化、コスパ、タイパ、AIの日常化… 十年前と比べて、よりそれが善とされる時代になってきているが… 本当に「無駄」ってマイナスを含むことばなのだろうか?
一見、無駄だと思うことの先に、道が開けたり、企画が生まれたりすることが、これまでの人生で多かった気がする。
目先の作業に忙殺されている人と話をすると、
「この食事会って意味あるの?」
「仕事と関係なさそうだし…」
「○○に行く時間があれば、作業しよう…」
そんな声が時折聞こえてくる。
放送作家という職においての話になるが、 新しい番組を立ち上げる新企画会議で、 作家やディレクターの企画案をみると、
「今コレが視聴率を獲る」
「あの番組でやっていた企画がよかったので」
「これが今流行っている…」など
そんな入り口から考えられた無機質な企画を見かけることが多い。 (もちろんレギュラー番組として番組を回していくという論点での会話ならばその考え方は正しい。)
逆に私は、ゼロイチを生む企画会議において、 その考え方で通ったことがたった一度もない。
今、月曜日の深夜に日本テレビで放送している『大悟の芸人領収書』という 番組があるのだが、実はこの企画、「ある芸人さんとの無駄話」が着想になった。

引用:日本テレビ『大悟の芸人領収書』
私は毎年、公認会計士を兼業でされている芸人のGパンパンダ星野さんに 確定申告をお願いしている。
確定申告シーズン真っ只中の一月、 私が星野さんに渡した領収書の中に、「花束の領収書」が混じっていた。
星野:「澤井さん、この花束は何に使ったものですか?」
澤井:「ええっと…」
星野:「取引先に渡したものなら、接待交際費の経費になるかもしれませんし、 番組の撮影とかで使ったなら、消耗品費になるかもしれません! 使い道によって処理が変わるので。」
澤井:「いいえ、妻に二子玉川の公園でプロポーズしたときの花束です。」
星野:「ええ~!!めっちゃ素敵じゃないですか!! この一ヵ月間、確定申告で数字としか向き合っていなかったんで、 心が洗われました。おめでとうございますー!!」
澤井:「え!!!じゃあ落ちますか?」
星野:「この花束、事業とは関連性がないので経費にはなりません。」
澤井:「そのときの動画がコチラです!妻が回してくれていました…」
星野:「それでも落ちません。」
そのときに星野さんが 「芸人さんの確定申告をしていると、エピソードは面白いけど、 落ちない領収書だらけです。」と零された。
その帰り道、「芸人のエピソードがオチたら、お金を落としてもらえる番組作ったら 芸人さんも嬉しいんじゃないの?」と忘れないようにスマホにメモしたのを覚えている。
そして日本テレビの方との番組企画会議で、 芸人さんの話を受け止めてくれることとなり、 お金とのイメージもある大悟さんをMCに据えて 「トークでオトセ!芸人領収書」の企画書を出したのがそのまま通り、 今も同じ形式で続いている。
一見、無駄になった一枚の紙切れが、無駄じゃなくなった瞬間だった。
2024年の春。
私は伊集院静さんのお別れの会に参列していた。 バーMの美貴さんに声をかけていただき、東京會舘に向かった。
錚々たる政界、経済界、芸能界、スポーツ界などの大物の名前が並ぶ中、 私はふとある芳名板に目が留まった。 そこには…「武隈豪太郎」と書かれていた。
作家である伊集院さんと力士である武隈さんとの間に どのようなお付き合いがあったのだろう? 気になって、その日を境に少しずつ相撲に興味を持つようになった。
それから共通の知人の御縁があって、 武隈部屋の千秋楽パーティーのお手伝いをさせていただくことになった。 そこが、武隈親方と初めてお会いした日だった。
緊張しながらも名刺を交換すると、 「わたしと同じ澤井なんですね!」と驚かれていた。
「実は伊集院静さんのお別れ会の会で親方さんの芳名板を見かけました。」と言うと、
別れ際に「私も伊集院さん好きなんです!次は鳥政に一緒に行きましょう!」と 初対面の私に温かい声をかけてくださった。
三ヶ月経ってから、その会話を律儀に覚えてくださっており、 「伊集院静さんの聖地巡礼をしませんか?」とお誘いいただいた。
驟雨の中、集合時間よりも一時間はやくナカに着いていた。 ペトリコールの匂いがする夜だった。
伊集院静贔屓なら皆知っている聖地「鳥政」さんで 親方さんと店主さんが生前お付き合いがあった頃の大切な思い出を話してくださった。
私がまだ知らない、本にも載っていない 伊集院さんの無頼なエピソードに気持ちが高ぶった。
親方「伊集院さんは会うではなく逢うって書かれるんですよ。」
店主「鳥政ではなくT政ですからね。」 伊集院静さんの読者にしか分からない共通言語が飛び交った。
※伊集院静さんの行きつけでもあった 銀座T政 こと『炭火焼き鳥 鳥政』さん。


鳥政を出てからは、 伊集院静さんが銀座に来られたら回られるコースを 親方さんと一緒に回らせていただき、 伊集院さんとゆかりの深かった方たちを次々とご紹介いただいた。
皆さんに共通していたのは… 伊集院さんの思い出を話すとき、どの方の顔も美しく優しかった。
あんな風に微笑ませることができる 伊集院さんの生き方を少しだけ垣間見れた気がした。
伊集院さんの言葉でいう「眺めが良かった」
夢のような夜だった。
お店を出ると、地面に残った水たまりに 何種類ものネオンカラーが溶け合っているのが目に飛び込んできた。
すぐにタクシーを拾わず、ネオンに包まれた並木通りを しばらく散歩してからタクシーに乗った。
菊地くんには「忘れられない景色」はある?
