往復書簡

銀座ポピュラス主宰、ふたりによる往復書簡。言ってみれば公開版の交換日記です。

日々のちょっとした気づきや、ふと浮かんだ問いを相手に宛てて書いていく。

かしこまらない手紙のやり取りを、そのまま場に出して積み重ねていきます。

おとな

澤井 直人

35歳を過ぎたころから、佇まいというか、その人が醸し出す空気感や気配に目がいくようになった。

その瞬間を運よく目にしたら「今日はラッキーな一日だ」とまで思う。

昨年、浅草の観音裏に越してきたのだが、この地で生活していると、風情のある「おとな」と出くわす。

浅草という街は、年中祭りや行事がやっている街として有名だ。だがその土地柄もあり、まだこの街にはむかしの匂いが色濃く残っている。

軒先や玄関に掲げられた家紋や町名入りの提灯の下に椅子を置いて腰を掛け、煙草をくゆらせるおじさん。風鈴の音も相まって美しい画になる。「おとなだな」と見惚れてしまう。

私が贔屓にしている観音裏の釜めし屋Tの息子さんが「あのお客さん、良い買い方するな〜」と、馬券の買い方についてオヤジさん、オカミさんと談笑されていた。

そんな家族の情景もまた「おとな」である。

自宅近所にある、お好み焼き屋Wの店主さんからは「うちの店は、この一帯の飲食店の方が…来てくださることが多いんですよ」とお話をお聞きした。私がおじゃましたときも、以前に通ったうどん屋の店主さんが食事をしていた。

すぐ近くの居酒屋Pさんに伺ったときも「あそこのお店はもう行かれました?」と地図を渡してくださった。目先の利益とか、そんな次元の話ではない。観音裏にお店を出している方は、本当にこの街が好きなのだ。

先日、日本舞踊の花柳達真先生と銀座で数か月ぶりにお食事をした。お会いするやいなや、「甘いものはお好きですか?」と手土産の鯛焼きを紙袋でお渡ししてくださった。

二軒目を事前にイメージしてくださっていて、その店に行くまでのタクシーの動線が完璧なのにも驚いた。

運転手さんに複雑な道をわかりやすく説明される。私はいつもその動線でどぎまぎしてしまうので、恥ずかしくなった。お店に着くと…女将さんに、私のストーリーも含めて丁寧に他己紹介してくださった。

「おとな」な夜だった。

その三日後、学生時代の同級生、山口倖生とも久しぶりに会った。10代の頃(学生時代)に「一緒にM-1に出よう!」と十三の河川敷で漫才をやっていた親友である。

倖生ともうひとり、仕事仲間である石部プロデューサーと三人で集まった。石部さんと倖生は今、一緒に仕事をしているという。

倖生は今、文京区に新オフィスを構えるほどの大きな総合メディア企業で、決定権を持てるポジションまで出世していると、石部さんが教えてくれた。

それを受けても、笑って「まあ。」くらいのリアクション。

自慢気な様子、偉ぶる様子が一切なく、15年経った今も、昔から変わらない人柄に嬉しくなった。同世代にも「おとな」という感情は芽生える。

最近YouTubeを観ていて、俳優の小沢仁志さんは、松方弘樹さんの時代劇を最上級のリスペクトから「エロい」と称されていた。

「生きてきた修羅場、人が避ける場所を避けないで堂々と中央歩いてきたその凄まじさが、立っているだけでフィルムに出る」と言語化されていた。

この世には、いろんな「おとな」が溢れている。

「澤井くんって年上の人とばかり飲んでいるね?」と、よく同世代の友人たちから言われる。

でも、おとなフィルターを手にしてしまった以上、自然な成行きなのだ。

どうすれば、この美しい佇まいを手に入れることができるのだろうか。

私が目で追っているおとなの皆様は、むかしから、どのようなおとなを目に焼き付けてきたのだろうか。

菊地くんにとって、「おとな」ってどんな人?