往復書簡

宵の口

澤井 直人

浅草寺裏から流れてくる風に乗って、 芳醇でどこか懐かしいアプリコットのような匂いが運ばれてくる。 そうか、もう金木犀の季節か。

言問通り沿いにある雷5656会館で、 落語家の錦笑亭満堂さん(旧名・三遊亭とむ。以下、とむさん)が出演される 舞台があるので観にきた。

東京浅草新喜劇『家族以上、父親未満』 東貴博さんが座長を務め、東京に脈々と受け継がれる「東京喜劇」を 次世代へ継承するために地元浅草で立ち上げた人情喜劇の劇団・舞台公演。

浅草観音裏にある昭和歌謡居酒屋『心春(こはる)』を舞台にした、 血を超えた家族の絆を描いた人情コメディーである。

一緒に観に行った、大阪時代からの同期の左右さんは終演後、 「日常に巻き起こる生活の笑い。人情話でほろりとなる。 この新喜劇いいですね~」と絶賛。言い得て妙である。

笑いも競技化されているこの時代に逆行した、 粋でいなせな人情新喜劇がなんとも心に沁みた。

上演後、座長の東貴博さんと、ふぉ~ゆ~の福田さんが 「ここまで街が協力してくれる舞台は普通ないです。」とおっしゃっていた。

確かにこの舞台が上演される一ヵ月前から 「東京浅草新喜劇」のポスターが街の至る所に貼られているのが目に留まった。

さらに福田さんは、ふぉ~ゆ~のCDデビューを11月に控えたこのタイミングで、 地元浅草の舞台に立てた喜びも語っておられた。 この業界にいて、人生で最高の瞬間のかなり上位に 「自分の地元で仕事ができる」があると思っている。

終演後、関係者挨拶を終えると、 とむさんはいつものように「とんかつ弥生に先入って飲んでおいてください。」と 打ち上げ会場を教えてくださる。

本当は、一日二公演も芝居をし、緊張の糸が張り詰めている役者さんは、 家に帰って骨を休めたいもの。

しかし、とむさん曰く、

「私のライブを観に来てくださるお客さんは、 ライブより、打ち上げを楽しみにしている人の方が多いですね(笑)」

そう、とむさんのお客さんは、終演しても中々帰ろうとしない。 ライブより打ち上げの方が長い。

「終演してから、お客さんが中々帰ろうとしないイベント」

これが菊地くんに聞かれた「いいイベント」に対する、私なりの答えかもしれない。

とむさんの出ているライブ(打ち上げまでがセット)は、 「自分はここにいていいんだ」という気持ちにさせてくれる。


「自分の居場所」といえば、もう一つ話しておきたい場所がある。

あれは、コロナが世間を騒がしていた時分。 世田谷区上野毛に住んでいた私は近所のサウナではなく、 台東区の稲荷町駅前にある「サウナセンター稲荷町」に片道40分かけて、 わざわざ通っている時期があった。

1984年創業の、昭和の匂いが残ったサウナ施設だ。

はじめて施設に入ったときは、 改装された今よりも、さらに昔の気配をのこした館内だった。

昭和がそのまま残った、丸ボタンのエレベーター。 一階から二階へ上がる階数表示板のデザインも、田中一光氏を彷彿とさせる。

※エレベーター、階数表示板は改装後もまだこの形をのこしている。

喫煙室前に並ぶ、ヤニがしみつき、革のところどころがはげたソファー。

換気に開けてある小窓からは、どこか懐かしい日本家屋の匂いが入ってくる。

※改装前のサウナセンター稲荷町休憩室

心の中にピ~ンと伸びた「緊張」という名の弦は、 この施設に入ったら張り替えがはじまる。

会議でネタがすべって、落ち込んだとき何度ここへ来ただろうか。 いつ何時来ても、顔色を変えずに、迎え入れてくれる。

新企画をゆっくり考えたいときも、必ずこの場所にやってくる。

サウナから上がると… 洗面所でヘアトニックを頭皮にふりかけ、血流を巡らせる。 麦茶と水を交互に二杯飲んだ後は、休憩室のソファーにダイブする。

そこで一息ついてタオルを顔にかぶせ、視界に闇をつくる。 その闇に白いチョークで板書するかのように、企画のタネを殴り書きしていく。 これまで通った企画は、大体この場所で考えたもの。

企画を一通り揉み終えると、同じ3階の向かいにある食堂に移動し、 ソーセージエッグ定食を注文。サウセンといえば、目玉焼きが名物である。

※サウナセンター稲荷町のソーセージエッグ定食

サウナにもお風呂にも入れば昼寝も食事も、マッサージも、仕事もできる。 ここはおじさんのディズニーランドなのだ。

玄関に鎮座するシャア専用ザクに今日も一礼して、自動扉を抜ける。

菊地くんにもそんな自分の居場所ってある?